########################################################### # WIRED ########################################################### 00. IC:2020――惑星テノ・ベラール、旅館の一室  今、私の周りには英雄と呼ばれる人間が数多く存在する。  だが彼等の理由は英雄などではなかった。多くの憎悪があって多くの哀しみがあって それを束ねる力と力を指し示す道標。  私はその中のどれでもなかった。英雄譚の枠から省かれた、一隻の操舵手。それでも その役職は九年前には空虚な妄想すらできなかった。  あの時も傍観者だった。今との違いは、心配する相手が増えただけ。しがない運送屋 の頃と何も変わらない。それでも、私は英雄譚の裏に在る彼等の思いを理解できること を誇らしく思う。 01.勤果-働き者-  『テノ・ベラール』が惑星の名ならば、その治安はすこぶる、良い。  当時は惑星移住計画――母なる地より"親離れ"することが何よりも重要視され、探査 衛星が毎日花火の様に上がった。それでも移住できる惑星は二つしか見つからなかった。 その一つが探査衛星TBによって発見された、この星だ。  母なる海はない、宇宙から見れば一目瞭然だ。空気が薄い、霧が濃い。後から解った ことだがこの惑星の大陸は母なる地のそれよりも、かなり厚い。要するに、ここでの盆 地があの星の山頂にあたるということだ。まだ人の手垢の付かない土地で、霧だと思っ たものが実は雲だと知った時は神様になった気分だと移民艦の艦長が言っていたのを覚 えている。  『テノ・ベラール』が都市の名ならば、その治安はすこぶる、良い。  都市の中央を飾るメインストリート以外はまだ舗装も家もしっかりしていなかったし、 物流は決して便利じゃない。  けれどあの都市に怠け者はいなかった。第二の母を目指す働き者の街だった。  『テノ・ベラール』が領土の名ならば、その治安はすこぶる、悪い。  都市から一歩踏み出せば最悪だった。一攫千金を狙う発掘屋が所構わず地面に穴を開 けるので車は走らせれないし、盗賊行為に走るマナーの悪い発掘屋も少なくなかった。  まだ歴史書も作れない年月しか経っていなかったが、テロリストも現れた。  いや、まだ年月が経っていないからこそ、テノ・ベラール政党候補が我こそがと暴れ ているのだろう。  私は当時、政府軍に弾薬や食糧を支給する為に雇われた運送屋だった。別に軍の御用 達というわけでもない。ただ、都市の為にやってきた人々の中で、金の為に戦場を走る 気のあった運送屋が私だけだったという話だった。 IC:2011――都市テノ・ベラール、都境間待合所  都市外部が戦場と化し、発掘場と化し、治安が悪くなっていた当時、都市の中にも公 式ではないものの治安維持団体が存在した。都市を出る場合、政府軍に許可証を発行し てもらう必要がある。  私も例外ではない、書類には運送とだけ書いて保安官の一人を外へ連れ出し、荷物を 見せる。これが毎日の日課だった。 「はい、良いです。毎日お疲れ様です」  既に検査係とは顔馴染みだった。新兵なのか、まだ初々しさが印象に残る。  もっとも、私は彼よりも年下だったが。 「いやあ、今日は良い天気ですね、風がほど良い!」 「そうですね、しかしテノ・ベラールの天候は子供のように気が変わる」  いやまったく!と検査係はしゃきっと答えた。世間話はいつもこの数分で打ち切りだ。  いつもならそのまま車に乗り込んで荒野へ向かうのだが、今回はその検査係が私を引 き止めた。 「それでですね、今回の運送で一人乗せて行って欲しい人間がいるんですが」  珍しい、と思いながら私は開きかけたドアを閉めると彼に連れられて待合所の奥―― 事務所へと連れられる。 「紹介します、フリーカメラマンのサキ=ウゴルスさんです」  そこには小さな椅子にちょこんと腰掛けた可愛らしい少女がいた。まるでどこかの街 娘、いやお嬢様のような顔立ちだが、服装は荒くれた兵士達のそれである。その極端な ギャップに私は驚き、笑う事を一巡して随分と驚いたものだ。 「初めまして、随分とお若いカメラマンですね」  嫌味ととられるかもしれないとは考えたが、私は正直な感想を述べた。 「よく言われます。サキ=ウゴルスです、少しの間ですがご迷惑お掛けします」  既に慣れっこらしい。  彼女は軽くあしらって握手を私に求めた。一々、その動作に華があるものだから本当 にどこかのお嬢様なのではないかと疑るほどだ。 「ジャミ=エルネスティアです、小さな旅に麗し同行者が在ることに喜びを感じます」 「それは女性として誉められているのですか?」 「半分、仕事塗れの生活でも自然、男である自分に感動しています」  おもしろい返しですね、とウゴルス嬢は口元を押さえて静かに笑った。  彼女とのやり取りもまたそれで愉快だが、私は本来の目的に戻ることにした。 「それで、彼女はどこまで?」 「貴方と同じ目的地ですよ、セミル高原」 「理解した。が、彼女はいいのか?自分で言うのもなんだがこんな風体の男と無人の荒 野を」  私は今でこそ紳士的な容貌だと自覚するが、無造作に伸ばした髭と寝癖の酷い髪が当 時のスタイルで、服装といえば草臥れたカッターシャツの上に作業着を羽織っているだ らしない格好だった。  だがこれには狙いがある。  婦女子が服で幼く、叉は妖艶に見せる様に私はこれで外見年齢二十七歳を演じていた。  何故なら、私は当時、十九歳―― 一人で働くには都合の悪い年齢だったからだ。  話を戻そう。  聞く限り、ウゴルス嬢はまったく構わないらしい。私の顔を見て決定をしたようだ。  人を見た目で判断しないのか、身を守る自信があるのか、それともカメラマンとは名 ばかりの娼婦か、いずれにしても私は手を出すつもりなど毛頭なかった。  荒地仕様の大型トラックの助手席に彼女を乗せると私は都市テノ・ベラールを出た、 何度出ても都市を出た瞬間に襲われる砂粒塗れの横風は車内に喧しい音を持ってきた。  ましてや今日は快晴だ。風に揺れて砂がよく舞う。 IC:2011――領地テノ・ベラール、都市〜セミル高原間 「それで、ウゴルスさんはどうしてセミル高原に?」 「もちろん撮影です。今は戦場カメラマンとして政府軍にお小遣いを貰っています」  正直な娘だ。 「セミル高原は今、政府軍とレムリウス派が交戦中です。小競り合いとはいえ、女には 正直きついと思いますけど」 「そうですね、レムリウス派は"手段の為には目的を選ばない"快楽主義のテロリストで すものね」  そういう彼女はどこか楽しげだった。何故か私は馬鹿にされている気がした。 「でも、そういうところはやっぱりお給金も良いのではありませんか?」 「戦場カメラマンでさえそう近づかないんだ、知ってますか?」 「知ってます。惑星移住者の中で、たまたま金の為に戦場を走る人間が私だけだったと いう話なのでは?」  この娘は私と似ていると思った。  違うところは、彼女は正直者だということだ。不思議と嘘だけは言わない雰囲気を持 っている。 「貴方はきっと長生きできませんね」 「"美人薄命"というやつですか」  冗談を言う余裕もあるらしい、彼女がクスリと笑ったその時、遠くで砂が舞う音が響 いた。気のせいだと誰かが言うが、それでも私は車を停める。 「……?」  彼女が何か言うその前に私はすぐに通常の運搬車には"ついていない"レバーを引いた。 サイドブレーキの真後ろにあるそれを思い切り引くと後方――車の小コンテナが小さく 炸裂し土色のカーテンが車をすっぽりと覆った。  安上がりだがそれなりの働きを見せる隠蔽幕だ。私が戦場であの音を聞けば、いつも この幕が私を助けてくれる。  幕の隙間から見えるのは、なるほど、砂を巻き上げるという原因もわかろうというも のだ。 「"鋼人戦装"ですね」  ウゴルス嬢が呟いた。小さな隙間を覗こうと私の隣に顔を近づけて。  この事態の中だというのに彼女の髪の甘美な香りに酔いかけたが、それでも私の目は 遠くの"巨大過ぎる"人影から目を離さなかった。  鋼人戦装、パーソナル・トルーパー、アーマード・ドレス、呼ばれ方に種類があるの は各地で呼び名が違うからだが――全てはあの殺戮兵器を蔑む名だ。  元は労働機人と呼ばれた作業用ツールであったが、もはやそんな名前は私の生まれる 前から風化して戦場の主流兵器へと化していた。 「ええ、しかもあれは七世代型――正規軍じゃない」  私が慣れ親しんできた鋼人戦装は全て八世代型であった。数年前のモデルとはいえ、 旧式を扱わなければならない事情がある者といえば、自然に答えはでてくる。 「まずいな」  思わず私は唸った。 「え?」 「気づいてはいないみたいだが……あれはこちらに近づいてくる」  さて、どうしたものか。私は極力静かに――決してエンジンをふかさない様に、トロ トロと車を進め始めた。 「何故逃げないの?」 「こんな穴だらけの荒野で、あらゆる地形を突き進むあの鎧から逃げられるわけがない だろう」  そう、"四輪"と"二足"の決定的な違いだ。あの鉄の塊は器用にも、まるで人のように 迫ってくる。こんな大型車両では逃げ切ることは不可能だろう。  だからこそ、気づかれることなく、かつ迅速に、向こうと進路が"かち合わない"様に するのだ。  だが、残念ながら、今回ばかりは、相手の勘が良すぎた。天候が良すぎた。  あの巨人はわずかな駆動音でさえ風の音だと思わなかった。 「来るッ――!!」  私は思わずそう叫んでいた。だがしかし、すぐに車を進める気にはならなかった。 「エルネスティアさん、何故進めないの?!」 「この荒地、この大型、進める速度は精々60km、あの鎧はその倍走る!」  ならば、せめて犠牲こそ!  私は"予備の幕"を脇から引っ張り出すとサキの胸に突きつけた。それが最善の策だと 思っていた。 「それに絡まって車両の脇に伏せなさい、そうすれば私は進みましょう」  それが最善の策だと思っていた。 「嫌よ」  あっさりと否定された。 「私はおいてけぼり?いけにえ?おとり?えさ?」  先ほどの淑女の様な物乞いなど微塵も感じさせない厳しい口調で彼女がまくし立てた。  そういえば何時の間に私と彼女は敬語を止めた? 「私はただのカメラマン、貴方はただの運送屋、戦う為に在る私達じゃあないけれど、 ここが戦場跡ならば私と貴方は"同胞"、否!戦友じゃあないの?」  この娘は私と似ていると思った。などと自惚れにも程がある。  彼女には自信がある。傍観者とならずとも、災害を回避する自信が。 「ええ、自信がある!私を信じて共にいてもらえないかしら」  私は荒野の幕を切り離した。  鉄の塊は車両の前で跪いた。肩のウエポン・ベイにある巨大な銃を構えようともし なかった。  小動物相手に銃を構える兵士はいない。そういうことなのだろう。  私とサキは両手を後頭部で組んで車両から降りた。サキの自信を信じてこその行動だ が正直半ば自棄になっていたとも言える。 「所属と、この荒野を流離う目的を」  鋼人戦装の乗り手が簡潔に問う。中身を調べられれば終わりだ。既に肝は据わってい た。正直に吐くしかない。  ところが彼女は別の意味で、私よりも肝が据わっていた。 「私はテノ・ベラール戦況"情報屋"サキ=ウゴルス、貴方達レムリウス派に政府軍の情 報を売りにきた!」 「情報屋……その名前なら噂に聞いた。なるほど、陣地に連れて行く必要があるな」  鋼人戦装は鈍い音を立てて立ち上がるとまるでついて来いと言う様に歩き始める。  隣のサキはというと勝ち誇りたさそうにニンマリと私に笑って車両に飛び乗る。 「さっ、行くわよ」 「行くって……どんどん深みにはまってないですか?」 「大丈夫、きっとうまくいくわよ」  初めて彼女が笑った気がした。 IC:2011――惑星テノ・ベラール、セミル高原"レムリウス派駐屯地"  レムリウス派といえばまさしく、惑星テノ・ベラールを駆け回る最悪のテロリストの 名だ。だというのに、その駐屯地はまるで都市テノ・ベラールの裏町の様な所だった。  荒んだ風景ではあるものの、ならず者の溜まる裏路地とは程遠い情景。驚くことに、 子供や女までいた。  鋼人戦装に指示されるまま車を停め、同じく戦装の方も立ち止まり、跪くと重厚な装 甲から人が這い出してきた。  まだかなりの若さの青年だった。おそらくは、私と同じ位の。  その髪はあの荒野の様な痩せこけた色をしていたが、それすらに生気が宿っている様 だった。そしてその目はあの星の大地の様な、精気に満ち溢れていたように見える。 「ついてこい、ここの責任者に合わせる」  彼はそういって一番"小さな"テントに向かっていく。彼女もまた、それに習っていく。  まったく、つい少し前まではこんな所にいるとは夢にも思わなかったものだ。 「そういえばサキさん、捕まる前、なんでレムリウス派だってわかったんですか?」 「簡単よ、あの近くにレムリウス派がいるって知ってたんだもの」  私は半ば、放心状態で二人の後へ続いた。楽しげに笑ったように見えたのは気のせい だということにした。  一番狭いテント、その中で多くの物資に囲まれながら、その男は窮屈そうに胡坐をか いていた。 「どうした、客か、捕虜か」 「アキラ、情報屋だ。あのウゴルスだ」 「ほう……!」  その雑居から男がのそっと這い出した。  海色の髪の男だ。母星のそれの深いところを抜き取った様な色だった。負傷している のか、左目を布で覆っている。 「あんたがウゴルスか。なるほど、まるでお嬢ちゃんだ」 「それはどうも、で、私達はどうなるの?」 「別にどうもならんさ、女をどうこうする気はないし、そこの兄ちゃんも五体満足で返 してやるよ、政府軍にくれてやる弾薬は貰うけどな」  意外にも、男は好意的だった。どこぞの山賊頭というよりは、まるでがき大将の様な 頼もしささえ覚える。  そんな私の考えが読めたのか、男は苦笑した。 「まあ、どこぞの"情報屋"のおかげで俺達は食い物や女をありったけ奪う快楽殺人狂み たいな扱いだが、な」 「あら、おかげで政府軍の動きをわかりやすくできたのでは?少なくともあの時は」 「ああ、そのあとお前が政府軍に売りつけた情報でこっちは痛い目を見たがな」  そういうことか、話が見えた。  このサキ=ウゴルスは戦場カメラマンでも政府軍のスパイでもなんでもないんだ。 「蝙蝠、私を知ってる人がそう言ってたわ」 「まったく、しかし性質が悪いのはそれじゃない、その目だよ」  男は鼻を鳴らした。 「あんたのそれは蝙蝠の目じゃない、雄弁を語る獣の――そう、たてがみ揺らす獣の目 だ。あんたのホラ話は信じてもいい様な気になってくる。どこまでが真実でどこまでが 嘘か、見極めたくなる。ホラ話に引っ掛かることさえ構わなく思えてくる」  だが、それは。 「そんなあんたは、もう情報屋じゃない。情報操作屋――いや、ヘタすれば革命家だ」 「買いかぶり過ぎですわ、私はただの小娘に過ぎなくて?」 「ふん……まあ、いい。今俺とお前、それからあんた、顔を合わすことなんかなかった。 それでいいか?」  私は黙って頷くことしかできなかった。先ほどまで談笑していた彼女が、まるでこの 屈強な男と同類に見えた。  そう、私はこの時から既に傍観者だったのだ。 「アキラ」  私と同じく、二人の会話を傍観していた青年兵が顔を上げる。耳には通信機らしきイ ヤホンがついていた。 「ヘイルフォール派が動いた。南からゆっくりと進んできている」 「そうか、じゃあ二人にももう少し寛いでもらわないとな、外は危ない」  それだけ言葉を交わすと青年兵はテントの外へ向かっていった。 「……彼も、ゲリラなんですか」 「ああ、うちの最前衛だ」  男はやや自慢げに答えた。 「狙撃なんかとは無縁の男、自らが弾丸、己の咆哮を旗にして突撃を繰り返す、好きな 戦闘は白兵戦、得意な戦闘は白兵戦、戦闘スタイルは極めてチンピラ、殴られれば避け て、その倍殴り返す、極めてチンピラ。名はミヅキ、そこらのチンピラ、だがそれは全 て背中から見た話」  男は自慢げにではなく、どこか誇らしげだった。 「敵から見れば猛獣にとっての殺炎(ソギホノオ)!いつしかあいつは呼ばれたさ、敵に 味方に、激昂者<ワイアード>!」  遠くで鋼の具足が行進を始める音が聞こえた。数はそうなかったはずだ。  それでも行軍だった。まるで千人の行軍だった。  さて、テノ・ベラールにも神がいたとして、私は何か悪行でも犯しただろうか?  それともこの出会いこそ、日々真面目に生きてきた、私の勤労成果だったのだろうか。  今でさえも、答えは出ない。