########################################################### # WIRED ########################################################### 02.琴歌 -願う者-  私はただの運送屋である。今の職場が戦場であっても、戦いの真っ最中にそこにいる など"当時は"さらさら考えられなかった。ミヅキ、彼が激昂者<ワイアード>と呼ばれる 所以をその目に焼き付ける機会などなかったし、そんな気もなかった。  だがその戦場跡を巡る機会ならば何度だって――今だってある。 「とりあえず、戦闘は終わったようですね」 「ああ、俺はミヅキのところに行くが、あんたらはどうする?」  アキラ――とミヅキに呼ばれた男は私とサキを交互に見比べた。私も彼女もそれに習 い、互いに顔を見合わせる。 「どうします?」 「行きましょうよ、どうせここにいても暇なだけだし」  アクティブな彼女だ、そう言うと思っていた。私はその答えを待ちわびたように軽快 に立ち上がるとテント前の愛車に乗り込んだ。 IC:2011――惑星テノ・ベラール、セミル高原 「テノ・ベラールってさ」 「ん……?」 「"都市"のテノ・ベラールね」  荒野を走り始めて十数分か、サキがポツリと口を開いた。無言で走り続けるのが気ま ずかったのだろうか。 「メインストリートに野菜の直売店あるよね、トマトの看板の?」 「ああ……あの、物凄く不味い八百屋ですか」 「あ、やっぱ不味いよね?まあ土が悪いよね、土が。しばらくは母星の輸入かなあ?」 「でも炒めればイケますよ。輸入品はやたら高いですし」 「まあねー、でもやっぱ生がいいわ。生!生で欲しいのっ」 「はいはい、卑猥卑猥」  移住民にとって娯楽は少ない。スポーツやテレビの話題で盛り上がる事の無い当時は ラジオで流れる母星のニュースか、都市の事くらいしか共通の話題がなかったものだ。  都市境で出会ってから随分とぎこちなかったが、やっとお互いにくだけてきた、とい うところだろうか。 「そう、それでその直売店の角から曲がった所の小さな路地裏、知ってる?」 「知ってますよ」 「その路地裏の奥にね、小さな喫茶店があるじゃない?」 「……そこまではちょっと」  さすがに私も都市通ではない。完成していないとはいえ都市テノ・ベラールは広いの だ。路地裏までは行く事もない。 「あるのよ、小さいし、閑古鳥が鳴いてるけど、看板娘が元気なところ」 「その喫茶店が、どうしました?」 「……いや、別に、あるっていう、だけなんだけどね」  こんな口調、先ほどからハキハキしていた彼女には珍しい。喋っている彼女自身も話 題に出した理由をわかっていない感じだ。  それから数分、また私達は黙り通しになってしまった。 「ねえ、エルネスティアさん」 「ジャミでいいですよ、それで何?」 「私は、あまり戦術に詳しくはないわ。だけどこの荒野の真ん中で白兵戦って、ありえ るのかしら」  彼女が聞きたいのは先程のアキラの発言だろう。ミヅキという男、その戦闘スタイル だ。  だが残念ながら私にもそれはわからなかった。通常、荒野の戦闘は遠くからの牽制を 交えた銃撃戦と決まっているものだ。 「さあね、それは実際に戦場跡を見てからでないと」  だけど皆目、検討はついている。酷く鼻につく硝煙の臭いがそれを感じさせた。  レムリウス派とヘイルフォール派の交戦地、そこは一見すれば強力な火器を正面から 受けた戦装の墓場。地に崩れるヘイルフォール派の鋼人戦装のアサルトライフルにはま だ熱が残っている。  こちらが見えたのだろう、ミヅキが戦装から顔を出した。顔だけならば、やはり戦場 には到底似合わない青年だった。  だが私はその装甲を見てすぐにピンときた。彼が激昂者<ワイアード>たる証を。 「ミヅキ、君はこの弾幕の中、全て肉薄して撃破したのか。"火薬兵器"で」  彼は軽く頷いた。 「<キセル>だ。俺の生涯愛する唯一の武器」  ミヅキが指差した方向には彼の戦装が背負っているその無骨なハンマーがあった。  鉄パイプに爆弾をくくりつけたようなそれは、まさしく煙管と形容するに相応しい外 観をしている。  フォールライン社製対戦装炸裂槌、通称キセル。名の通り敵の装甲を潰した瞬間に内 臓してある火薬が炸裂してレボルバー状の筒から散弾を"連続して"撃つことができる。  実用性としては建造物破壊にしか使えない代物だと聞いたがなるほど、理論上では実 戦で使えば敵を必殺の元に沈黙させることのできる唯一の兵装だろう。  だが当然こんなデカブツを振り回して――弾数制限付だ――敵に当てる為には相当接 近しなければ到底当たらないだろう。それを可能にする彼の実力はどうやら本物らしい。 そしてこの戦場跡、なるほど、これならばサキが情報を流したとはいえレムリウス派が 危険派閥として噂されるのもおかしくないだろう。  初めて来たわけではない、それでもこの戦場跡は異様な程に硝煙の臭いが鼻についた のだ。  途端に、私はこの場所の存在意義がわからなくなってしまった。先ほど、車に乗って いる時にサキが言いたかったのはきっとこれだったのだ。  あの平和な"都市"テノ・ベアールを離れて、この戦場は何を求めて戦場と化したのだ ろうか。ヘイルフォール派にでもレムリウス派にでもいいから私は問いたかった。  お前達は何がしたいんだ。 「……俺は、ただ母星の政府にあの都市を渡したくないだけだ」  後ろで銃の手入れをしていたミヅキが口を開いた。いや、私が無意識に口に出してい たのか、それとも私達の顔色を察したのか。 「都市としての必須十項!一つは住民!一つは保安!残りの八つは他領土との円満な交 易!」  ミヅキが叫んだ。 「そうだ、必要なのは交易だ。決して一方的な"支給"じゃない!」 「どういうこと、よ?」  サキが首をかしげた。 「メインストリートの野菜売りを見たか?肉屋のないメインストリートを見たか?確か にこの星は、鉱物と燃料"しか"出てこない酸の惑星!だが、まだ糧の生まれない星だと 決まったわけじゃない。あの都市は母星に見下される都市じゃない筈だ。母星の植民地 じゃ、ましてや母星の実験場でも兵器の試射場でもない筈だ!」  彼は激昂していた。まるで自分の母親を汚されたような顔だった。 「あの都市は俺達"テノ・ベラール人"が完成させるんだ。政府にいいようにはさせない」 「……なら、何故ヘイルフォール派と争う?」  私は思わずそんな事を聞いていた。サキもまた、同じ事を考えていたと思う。  ミヅキは銃の手入れを終えたのか、自分の戦装に戻ろうとしていた。 「考えが合わない」  そんな一言。  それだけで、彼は戦装に乗り込み、颯爽とあの陣地へ戻ってしまった。他の兵士も同 様に。  残されたのは、私とサキだけだった。 「これは、私達はもう用済みってことかしら?」 「さあ、どちらにしても、帰るしかない……ですね」 IC:2011――都市テノ・ベラール、メインストリート南方部  結局私がサキと話したのはそれきりだ。あれから一週間だが、連絡先を教えあったわ けでもない。会う約束をしたわけでもない。何より、私は現在都市を走り回る日々に忙 しい。  あの食糧と弾薬で形勢がやや変わった。均衡状態だったセミル高原は物資が原因で政 府軍が後退せざるを得なくなってしまった。その点、その物資を丸々手に入れたレムリ ウス派はヘイルフォール派を押し切る形となり、北方へ進軍中だ。私は雇われの身だっ たので、軍刑を受けることはなかったが、仕事もそれっきりになってしまった。軍も人 件費をケチらずに軍人が物資輸送を行うことになったらしい。  そこそこの高給だったのでまだ蓄えは若干あるものの、職を早いところ見つけないと 生きていけない。残念だが財産と言えるのはあの大型だけだ。寝泊りは全てあそこであ る。幸い人手は猫の手も尾も貸切な程足りていないので日雇いの話は選ぶ程あった。  かといって、あちこちを飛び回るのはどうにも性に合わない。  しかし、平和な都市だ。つくづく私はそう感じた。  都市を形作っているのは建設会社でも工事団でもない、市民だ。太陽に輝く彼等の表 情はまるで子供のようで、各々が願う都市に出来るよう、自分の家を一から作り上げて いる。あの外で暴れているゲリラ達も同じ様にはできないのだろうか。  そう思いながら私はメインストリートの一角、食品販売店の一つで今日の晩飯を吟味 していた。今このテノ・ベラールは母星から輸入された大量の干肉(特に塩漬)と干物、 ついでに大量の漬物が主食となっている。私はこの豚の塩漬けがたまらなく好きだった。 「お、兄ちゃん。また豚の塩漬けかい?」  歳相応なふんわりとした初老の女性(ストレートに言えば太ったおばちゃんだ)が私に 好物を差し出す。狭い都市である、ここに限らず用事のある場所では大抵顔を覚えられ てしまっていた。  いつもどおりにその手から干し肉を受け取るとそのまま数枚の銅貨を皮の厚い手に落 とした。お決まりの社交辞令を終え、本来なら我が家と呼べる大型に戻るところなのだ が、この時ばかりは特に考えがあるわけでもなく、脇で他の製品を眺めていた。 「えっ、あれ、財布落とした……?」  ふと隣を見れば、沢山の干し肉を抱える少女とおばちゃんが眉間に皺を作っていた。 「そりゃ大変じゃないか、困ったね」  腕を組んでおばちゃんが本気で困った顔をしている。どうやら彼女とも顔馴染みらし い。少女の方は半分苦笑いだったが、あまり不安気な様子はない。余談だがよく見れば 可愛らしい容姿だ。 「うーん、とりあえずおばちゃん、これ返すね?」  彼女が抱える袋を差し出した時、私はその袋を押さえおばちゃんの手に数枚の銀貨を 置いていた。  言ってしまえば、私も普通の男だった。これは安心すべきところだろうか?  おばちゃんと目があった。私はといえばニヤニヤした目から自然を装って目をそらし たところだ。 「兄ちゃん、そういうのはせめてヒゲ剃ってからやりな」  何も言わないでくれ、おばちゃん。私もやってから恥ずかしいんだ。  少女はというとポカンと私とおばちゃんの手にある銀貨を交互に見比べていた。まあ 突然見知らぬ男が隣からこんな行動に出ても、把握するのに数刻いるだろう。私はとい えばこの後どう動くべきなのかまったく考えていなかった。 「よかったねメノウちゃん、このヒゲ面兄ちゃんが立て替えてくれるってさ」  呆れた様子のおばちゃんがすぐさまフォローを入れてくれた。奢るではなく立て替え ると言ってくれる辺りが彼女の人間が出来ている様である。 「え、そんな。悪いですよ」 「気にしない気にしない、男の見栄だから張らせとけばいいのさ、ねえ?」  その通りです、おばちゃん。 「まあ、そんなようなところです。気にしないでください」  まったく、薄汚れたツナギのヒゲ面が言ってもキザにすらならない。一応は清潔だが。  少女の方は袋を抱えなおすと、私と目が合うように身体を横にずらしてパァッ、と笑 った。さすが町娘、その笑顔とのアクセントか、良い意味で薄汚れた袋がよく似合う。 「ありがとうございます、すぐ近くに私の店があるんで、そこまで寄ってもらえますか?」  断らない理由もないので、歩みだす彼女の後ろを付いて行く。おばちゃんが何か言っ ていた気がしたがあえて無視した。  やがて小さな路地裏の前まで着いた。日の光が完全に届いておらず、薄暗い。少女は というと構わずズンズンと奥へ進んでいく。一体どこまでいくのだろうか。  小腹が空いたので買ったばかりの干し肉をかじりながら彼女を追う。そういえば塩抜 きしてなかったなあ。 「ここが私のお店です、どーぞー!」  笑顔の彼女が指したのは小さな喫茶店だった。どこか既視感を覚えながら、私は彼女 に従うまま、店の扉を潜った。  内装はごく普通の喫茶店だった。ただ特別なインテリアがあるわけでもないが、何か レトロチックというか、逆に洒落ているのではないかと思えてくる。  店内には明かりがついておらず、窓から差し込む太陽が唯一の光源となっている、静 謐さを感じさせる喫茶店だ。  奥には三日月隈の男がカウンターの一角を陣取って新聞を広げていた。それ以外に人 は見当たらない。もう一度私は入り口の看板をチラリと見た。店の名のみが書いてある 簡素なもので、表通りのトマトの看板とは対極にある質素な看板だった。 「おじさん、ただいまー!」 「メノウ、お前その手にある荷物、どうやって買ったんだ??」 「それはね……って――!」  カウンターにドサッと荷物を載せてメノウと呼ばれた少女は男の所へ駆け出した。  何かと思ってみてみると男の手には財布らしきもの――そういうことか。  メノウはというと私の方を向いて苦笑いしていた。 「あはははは……こぉんなところに落ちていましたとさ」  それは落ちていたというのだろうか。そう半分呆れている間に、彼女は手早くエプロ ンを取り出すと身に纏ってカウンター側に回った。 「とりあえず!お詫びと言っては何だけどコーヒーくらい奢るさ!」  座って座って、とメノウが進めるので私は何も考えず入り口から二番目カウンター席 に腰掛けた。一歩進んだだけなのに不思議とコーヒー豆の臭いが漂ってきた気がする。 「しかしこんな路地裏に喫茶店、ねえ」 「なんかカッコいいでしょっ?」  そうか? 「表通りに土地をもてなかったのとね、おじさんが騒がしいの苦手だから、こんな店に なってるのよ」 「こんな店とは心外だな、ここは違いの分かる店なんだよ」  そうなのか?  二人の会話だけで十分騒がしいような気もしないでもないが、あえて私は黙って彼女 がコーヒーを淹れている作業をポカーンと眺めていた。素人目だがこなれた手つきだと 思う。 「いつから始めてるんだい?」 「私達第一次移民だから、六年前からだね!お兄さんは?」 「へえ……私はジャミ=エルネスティア、同じ第一次移民ですよ」 「おぉ!すごい!おじさん!やっぱり第一次移民だよ!」  やたら興奮気味にメノウがカウンターを乗り出した。男の方も珍しげに笑っている。  現在三次まである移民で、確かに第一次移民は人口は少ないが、そう珍しいものでも ないはずなのだが。  理由を聞くと、メノウはニコニコとコーヒーを差し出した。 「コーヒーお待せしましたっ。ここはね、六年間お客様が全員第一次移民という偉業が あるのよっ」  偉業なのか?  偉業なのかはともかく、それには私もすごい、と驚いた。逆に何人来ているんだ、と いう話にもなるのだが。  コーヒーを口に含むと、程よい苦味が口に広がった。そういえば砂糖もミルクも入れ ていなかった。私はブラックコーヒー以外は受け付けない、という種類の人間ではない、 むしろ砂糖は常に入れている方だったのだが―― 「あ、会った時の印象で勝手に味付け決めちゃったけど口に合いますか?」 「……ものすごく、合ってます」  六年間もやってるとそういう特技まで持てるものなのだろうか。いや印象で決める時 点で無理だろ。話題を変えることにした。 「やっぱり、こういう良い雰囲気のお店だと常連さんも結構いるんじゃないですか?」 「残念ー、そんなにいないの。今表通りに大きなカフェができたじゃないですか、皆そ っちに流れちゃって。このお店も実は副業で、宣伝もしてないものだから」  今、毎日来るのは4人だね、とメノウはグラスを撫でた。子供と遊ぶ様に微笑んでグ ラスを拭くものだから、私は思わず見とれてしまった。 「常連さんね、時間帯もバラバラなんだ。朝とお昼に一人ずついらっしゃって、丁度こ の時間になると――あ、いらっしゃいませー!」  メノウが扉に向かって一礼して、私はその客をチラリと見た。 「……あれ、先に来てるし」  戦場の煽情家、サキ=ウゴルスその女だった。 IC:2011――都市テノ・ベラール、南方裏通り喫茶『青い風』 「あー、一週間ぶり?相変わらずヒゲもじゃね!」  サキは前とまったく変わっていないようだった。常連と言う名そのまま、いつも通り この店に来たのだろう。彼女は私の隣に腰掛けると、ふふーんと含み笑いを浮かべた。 「お・じ・さんー、私が看板娘が可愛いって言ったからって手が早いんじゃないの?」  いやそこまで言ってないだろ。話題には出たけど。メノウはメノウで照れているよう で頬をポリポリと掻いている。 「確かに絵にはなりますがね、それでサキさんはこの一週間どうしてたんですか?」 「んー、さすがにすぐに都市外には出れなかったもんだから、普段は西方の新聞社で広 告作ってるんですよ。エルネスティアさんは?」 「私は……恥ずかしながら。ほとんど軍に雇われてましたから、とりあえず今は食い繋 いでますけど。あの大型だけが財産ですよ」  そういえばそうだった。こんなところでコーヒーを優雅に楽しんでいる場合じゃなか った気がする。  カウンター越のメノウが首をかしげた。 「あれ、ジャミさん。大型って、運送か何かですか?」 「ええ、まあ。補給物資の運送を」 「おぉ!ジャミさん、ほんとタイミングいいね!」 「……は?」  私が首を傾げ返す前にメノウが両手をポンと叩いた。 「おいメノウ……俺は嫌だぞ。まだ信用できるか決めかねているんだ」  今度は隈の男が口を開いた。先ほどの席からまったく動かず、新聞を広げたままだ。 「えー、いいじゃないですか。私のコーヒーと相性がいい人に悪い人はいません!」  なんだそれは。と突っ込む前に男の方が新聞をたたんでこっちに目を向けた。まさか 今の言い分で納得したのだろうか。 「やれやれ……あんた、仕事がないんだったらうちの本業手伝う気はねえかい。今俺が 腰をやられちまってな。人手がほしかったんだ」  なんだか本業と聞くと危険な香りがするのは気のせいだろうか。 「別に危険な仕事じゃない、月に四回、とある団体に補給物資の運送を頼みたい。それ 以外はこの店でコーヒーの淹れ方でも勉強すればいいさ」 「……とある団体とは?」 「レムリウス派だ」  正直、なんとなく予想はついていた。後ろでコーヒーを啜る彼女がいる、新聞社勤め の彼女が。さらに言えばこの星に補給物資の運送が必要があるような団体など、都市外 にうごめく彼らぐらいしかいないのだ。  さらに深読みしてしまえば、ここは補給ルートのほんの一つに過ぎないのだろう。 「……私がチクるとは思わないんですか?」  これも実は予想がついている。おそらく"常連の一人"が既に私のことを話しているの だ。ここで彼女と再会した時の彼女の発言から見るに、そのうち私をここに連れ出して 紹介するつもりだったのだろう。  案の定、そのままの答えが返ってきて私はフゥ、と一息ついた。コーヒーが旨い。  まさかレムリウス派の運送を頼まれるとは思いもしなかった。つい先日まで軍の運送 屋だったというのに。  かといって、それほど嫌だと思っていない自分が不思議だった。 「……貴方達もレムリウス派なんですか?」 「ううん、違うよ?」 「……は?」  これは予想外だった。てっきりこの話を断れば路地裏でゴミ箱に詰められるのかと(略) 「じゃあなんで、そんな仕事してるんですか……?」 「そりゃあお給金いいしっ」  メノウがあっけらかんと答えた。レムリウス派の名前に特に感じるものはないらしい。 「でも傍から見たらテロ組織の支援じゃないですか……」  呆れたような驚いたような、私はその中間の声色で呟くとメノウはまた微笑んだ。 「別にね、いいの。私はこの星が誰に管理されても。だって表通りを見てよ、この都市 は私達が作ってる都市だもん、このお店だって、私とおじさんで一から建てたんだよ?」  そういって彼女はカウンターをそっと撫でた。男はというとまた新聞を開いてだんま りとしている。 「お客さんは少ないけど、サキや他の常連さんに元気を分けてあげれる、そう思うの。 そうして元気が繋がって、この都市が完成する一つの要因になる。このお店をずっと続 けられるなら、この都市が一つの都市として完成するなら、私はどこであっても拘らな いわ」  私は彼女を見ながら、あの戦場の青年を思い出していた。あの勇ましい顔とこの穏や かな顔が、何故かわからないが重なって見えたのだ。チラリとサキを見ると彼女と目が あった。すぐに目を逸らされてしまったが、彼女もメノウの意見に異議はないらしい。  なんとなく、私は都市のメインストリートを思い浮かべた。いつも見るあの風景、逆 に言えば毎日見なければ落ち着かないあの風景。それが日に日にどう変化しているか、 それを奇妙なことに私はしっかりと覚えていたのだ。  きっとここにいる全員が、それをできるのだ。 「わかりました、その運送。引き受けましょう」 IC:2011――都市テノ・ベラール、南方裏通り喫茶『青い風』  あれから話はすぐにまとまり、サキは帰っていった。  実は少し離れた所に貸し倉庫があり、そこに大型を停めるスペースがあった。いつも 路上に停めては文句を言われていたあの大型だがこれで頭を痛める必要はなくなった。  寝床についても親切な話だった。この喫茶の二階にある空き部屋を貸してもらうこと になり、私としてはこれ以上ない待遇だ。唯一指摘されてしまったのはヒゲと整髪だっ たが、これは特別拘りはなかったので問題ない。制服を借受け、私は剃り残しがないこ とを確認すると一階の店内に戻った。 「あ、結構似合ってるじゃん!」  メノウがウインクで私を迎えた。丁度彼女はカウンターの脇にあるランタンに火を灯 しているところだ。  隈の男は店内から消えていた。彼の話では一応この店のマスターらしいが、どこかへ 出かけたのだろうか。  私は入り口から二番目のカウンター席に――場所に特別理由は無い――腰掛けた。ラ ンタンを手にとってしばらく遊んでいると、メノウがお湯を沸かし始めた。 「あれ、メノウさん、もう閉店時間なのでは?」 「ううん、この時間にね、あと一人だけお客さんがくるんだ、いつもね」  既に日は完全に落ちていて、外は完全に闇の世界だ。この時間ならば酒場ではないの か、と私が思っていると、闇の中から人影が現れる。 「あ、いらっしゃいー」  荒野の色、戦場の髪、そして精気の宿った眼。彼女が明るく迎えた人影――ミヅキ= ヴァイスは私の前を通り過ぎ、奥から三番目のカウンターの前に腰掛けた。 「ほらほら、カップ出してくださいな」 「あ……、はい」  メノウに言われて私は慌ててコーヒーの準備を始める。  その男はあの戦場にいた青年兵とは思えない程、ありふれた市民の風情だった。あの 無造作な髪は一つに纏められ服も清潔な普通の容姿だ。  そしてごく普通にメノウからコーヒーを受け取り、静かに口にした。  それから彼は持参の本を開くと黙々と読書に入る。メノウは静かにカウンターで皿を 磨いている。傍から見れば画になる場面だと言うだろうが…… 「あ、ジャミさん。私ちょっと用事あるからちょっとの間だけここお願いします」  そういって彼女は私に了承をとるとパタパタと上へと行ってしまった。多分トイレだ ろう。私はふとミヅキのほうを向くと、彼と目があった。相変わらず、その目には精気 が溢れている。 「"あんたか"」  互いに同時に確認しあう。 「……そうしていれば、普通の好青年なんですがね」 「あんたもな、まさか同年代だったとは」  ミヅキの方はどうやら先ほど彼女が私を名前で呼んだことで気づいたらしい、冷静な 口ぶりだが随分と驚いているようだ。 「……ここが、どういう場所かわかっててコーヒーを啜りに来てるんですよね?」 「ここの定期的な視察は俺の任務だ。"時折"寄って、政府に目を付けられていないか確 認する。補給ポイントとして当然だろう」  そのまま彼は読書に戻った。私にペラペラと話すところをみると私のことも報告内容に 入るのだろう。  メノウさんはおそらく彼のことは知らない。彼女がいない時にこんな話が始まったのだ。 「アキラがあんたのことを気に入っていた」 「……彼が?」  私はあの母星の色をした髪を思い出していた。 「あんたの目は全てを見渡せる目だそうだ。それは鏡に映る自分さえも他人の様に見渡 す事のできる、全ての傍観者の様な」 「それは誉められているのかな」 「俺は羨ましい、俺には何も見えないからな」  それだけ言うとミヅキは立ち上がった。 「……そういえばミヅキさん、定期視察は毎日やるんですか?」 「週に一度だ」  なんだ、別に毎日来なくたって良いんじゃあないか。  思わず笑わずにはいられなかったが、私はなんとかこらえて彼を送り出した。