########################################################### # WIRED ########################################################### 03.近火 -掃う者-  今にして思えばあの頃が一番幸せだったのかもしれない。  纏まりなど無いに等しいし何の接点もない私達だったが、それでもあの都市の完成を 全てが望んでいた。  全てが燃えたのは何時だっただろうか。 IC:2011――都市テノ・ベラール、南方裏通り喫茶『青い風』  こんな爽やかな朝方を迎えるのは相当の"御無沙汰"だ。  私は自分に充てられた部屋の窓を開けて一人深呼吸した。  朝焼けに照らされた裏通りは決して明るいとは言いがたい。母星で言えば高山地帯で あるこの大陸は朝方は霧――所謂雲だ――で覆われている。裏通りならば尚更光が届き 難い。しかしその眩しくない風景が私にはひどく心地よかった。まだ薄暗いその路地裏 には、おぼろげだが光が差し込んでいる。やがてはここが眩しく照らされる日が来るの だと思うと私は胸の中で誰かに鼓舞されている様な気分になったものだ。  服を着替えて私は廊下に出た。廊下では薄い寝巻きを羽織ったメノウがぼんやりと歯 を磨いていたところだ。彼女はこっちに気づいていないらしい。 「おはようございます、メノウさん?」 「おぉっ!?おはようっ、そういえば隣の部屋だったね!」  かなり驚いたようだった。歯ブラシが口から零れかける。 「あー、そうかそうか。もうこのままフラフラできないねー、あはは」  彼女は寝巻きを指先でチョイと摘んで笑っている。普通見知らぬ男の前では避けたい 格好だとは思うのだが、あまり羞恥心というのはないらしい。そして残念ながらその様 は移住した時に母星に残った妹を彷彿とさせる程度であった。  彼女が部屋に戻っていくのを見て階段を降りていく、まだ誰もいない店内を抜け、手 桶を持って近くの井戸へ散歩がてら向かう。朝方ともあって未だ肌寒いが、それが返っ て心地良い。  惑星テノ・ベラールの水源は大気中の雲だ。これらを水に還元し一箇所に集めること でなんとか水だけは自給できる様になった。この井戸も地下水をくみ上げるのではなく、 それを溜める貯水庫なのだ。残念ながらまだ全ての民家に水道を挽くまでは進展してい ない。  店に戻って雑巾を手にテーブルを拭いて回る。案外自分に合ってるのではないか、と 思っていると身形を整えたメノウが降りてきた。 「改めておっはよー、低血圧かと思ってたけど意外に早いね!」  いやいや、貴方ほどハイテンションでもないですよ。 「まあ仕事柄、それにここの暮らしにも慣れないと」 「よくぞ言った、偉いぞっ?コーヒー奢っちゃる!」  そういってメノウはポットを沸かし始める。 「メノウさん、いくらなんでも早すぎませんか?」 「んふふー、この時間からお客様は来るのよ!人気店だからねっ」  そういって彼女は指をぴっと天に掲げてポーズを決めた。昨日、常連は四名だけだと 聞いたのだが……。 「そういえばマスターは?」 「あー、マスターいつも朝遅いのよ。起こしたら殺されるからね?」 「……ああ、そうですか」 「それでジャミさん、ごはんは食べたの?」 「いえ、まだですけど」  ダメじゃない!とメノウは冷蔵庫から幾つかの袋と干し肉を取り出すと手早く食事の 用意を始めた。その手際、思わず感心するほどで瞬く間に見事な朝食を仕立てあげたの だった。野菜炒めと焼肉、それに味噌、この星では定番のメニューだ。だけど何故か主 食はパンだった。 「さ、ここじゃ目につくから上で食べてきてね」  米と味噌の刹那的でファンタジックな絡み具合を講義する前に半ば強引に上へ戻され、 私は自室で食事を頂く事にした。これだけの立派な食事も実はかなり久々だ。  だが食事を取りながら思うのは、あの夜のことだった。  私はチラリと隣に映る自分の姿を見た。正確には鏡に映る自分の目を覗くように。  だがこの目の何が何を見渡すと言うのか、私には鏡の彼が他人とは到底思えなかった。 毎日顔を洗えば目に付く自分自身だ。  そろそろ仕事に戻らなければ。余計な事は考えずに私は階段を降りた。  食事を終えてカウンターに回ると既に朝の客は最奥のテーブルで朝刊を読みふけって いた。 続く